明日からの変化? 第五侯、「霞始靆(かすみ/はじめて/たなびく)」です
おはようございます。
太陽と暖かい風が、凍っていた大地や川に囁きかけ、
氷を溶かし、空気中に水滴を多く含んだ蒸気が広がっていきます。
これにより、山々や街の景色がぼや~とし、春の霞特有の感じが生まれます。
このぼんやりとした状態を春では霞と言いますが、
秋では同じ状態ですが、霧と呼びます。
また、夜に月がボ~とした状態になることを
朧月(おぼろづき)と言います。
呼び名によって表情がまったく違って見えませんか?
日本の表現の文化は深く、素敵ですよネ。
それに引き換え、三千年の歴史を誇る中国では、
このような状態を何て呼ぶんでしょうかネ?
エッ? なぜって?
だって、中国では、全土でこのような気候の状態が
年中続いているって聞いておりますので。
まあ、年中この状態ならば呼び方を変える文化なんぞは
持ち合わせることはないんでしょうネ。
閑話休題、
明日、2月24日から、七十二侯では
第五侯、「霞始靆(かすみ/はじめて/たなびく)」です。
霞たなびく丹沢の山々なる稜線を眺めながら、
人肌に温めたお酒をいただきます。
「あてに何か残ってねいのかい?」
「そうそう、昨日の鯥(むつ)が残っていたんじゃねいかい?
それでいいから持ってきないヨ。」
「あんた! 朝からいい気で呑んじまったら、
今日のおまんまが食い上げになっちまうじゃないか!」
こんな風に、のんびりとした1日を送りたいなぁ。
でも、妻に尻を叩かれ、今日も仕事です。
ありがたや、有難や。
そうそう、この季節は魚と言えば、やはり、鯥ですネ。
関東ではムツと言えば黒い色ですが、田舎の富山では
赤い色だったような記憶があります。
地方、地方で住んでいる魚の色が変わるのでしょうかネ?
味は昔食べていたムツと変わらない気がしますが、
どうも日本で獲れるムツだけではないようですね。
外国から似たような魚がどんどん入ってきていますから。
なんだか、締まりのない文章となってしまいました。
春のカスミのせいです、カネ? ボンヤリと。
ちょいとお話を変えましょ。
皆さん、そろそろ娘さんのお雛様の埃を払い、
雛壇の準備をされている方がいらっしゃる
のではないでしょうか?
お雛様は女の子の節句なので、クマにはあまり
ピンとこないのですが、
子供のころ、女の子の家にお呼ばれに
行ったことがあります。
その家では、20畳ほどの部屋に7段飾りのお雛様。
圧倒された記憶が幽かに残っています。
なんせ、お呼ばれした男の子はクマだけ。
あとは彼女の友だちの女の子。
何を喋っていいのか解らず、白い液体を
ガブガブ飲んで前後不覚になりました。
その後、出てきた蛤のお吸い物の優しい味と、
菜の花の胡麻和えのほろ苦さを今でも
口の奥に感じることがあります。
人間の記憶って面白いですネ。
そんなクマも今では立派な大人になってこんな
這い苦(はいく:ハイク)を読みましたとさ。
菜の花を 食す口より
春 目覚む (クマ:お粗末)
<時候を表わす季語>
つい先日まで、寒い寒いと思っていたのに、
今日の温かさに誘われ、朝早く裏山を散策してみました。
小さな清水があまりに綺麗で、口に含もうと
手で掬ってみましたところ、
フッと水の温かさを感じ、春なんだナア。
まさに季語の「水温((みずぬる)む」。
かと思えば、「如月(きさらぎ)」と言う季語があります。
まだまだ寒さの中で更に衣を重ねて着た。
と言う言葉から生じたと言う喩えもあるほどの季節感。
冬と春の境目、春がゆっくりとこちらに向かって
来ている様子が目に見えるようです。
クマが好きな、西行法師の句に
「願わくば花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」と
いうのがあります。
如月と言えばこの句を思い出します。
法師がなくなったのは、如月の十六日と伺っております。
<時候を表わす色>
前候では、鶯を採り上げました。
鶯は春の象徴ですが、この如月の頃は、まだまだ
冬を感じさせる季節でもあります。
冬の代表として、鴨を採り上げましょうか。
真鴨が寒さの中、池をスイスイと泳ぐ姿が水面の
キラキラさと相まって、鴨の頭や羽根に見られる
濃い青緑色が映えています。
この色を「鴨の羽色(かものはいろ)」と呼びます。
この色より緑を強くした「小鴨色」。
この色は光沢があり、コガモの目の周りの色と謂われています。
自然が作り出した素敵な色を古人は何とか色として
作り出そうとしたのですネ。
今日はここまでお読みいただき、ありがとうございます。
高柳昌人でした。