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第六十二候、「熊蟄穴(くま/あなに/こもる)」

来年1月から、今日お話しする七十二候をベースにしたセミナーを開催します。
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「日本を観るー季語と色で知る七十二候」

おはようございます。

いよいよクマが決行する日となりました。
えっ? 早まらないで!! と、仰っていただくのは
嬉しいのですが、毎年の事なので。
えっ? 何の話って?
勿論、冬眠の話です。

七十二候の第六十二候、「熊蟄穴(くま/あなに/こもる)」。

クマにとって冬眠は大切な時期です。
雪の中での食卓の準備は大変な重労働です。
クマも食べなければ生きてはいけません。
でも、辺り一面真っ白な世界。この中で食べ物を

見つけることは容易なことではありません。

勿論、献火煮(コンビニ)も森の奥にはありません。
眠ることで余計なエネルギーの消費を避けるのが、

われわれクマ族の智慧なのです。
もう一つ大切な冬眠の役割があります。
冬眠と言ってもグッスリ寝込むわけではありません。
穴の中では、暖かい暖炉にクツクツと美味しい

シチュウが湯気を立て、可愛い奥さんと

将来設計を語らいながら、楽しい毎日を過ごします。
その結果、春になって穴から出るときには、

小さいベイビーと一緒です。
なんと、素晴らしいライフバランスでしょ!

 

目次

<時候を表わす季語>

さて、クマ族と言えば、鮭ですが、人間である
あなた方は今、何を美味しく食べるのでしょうか?
 
この前、ちょっと冬眠前に一杯と思い、居酒屋に行ったのです。
「海鼠(なまこ)」って言う不思議なものを
あなた方は食べるのですネ。
 
名前からして変です。海のネズミでしょ。
うわ~、クマはそんなもの、食べません。
甘いあまいハチミツ、脂ののったシャケ、
何せわれわれクマ族はグルメなのです。

人間はなんでそんなもの食うのかナ? 
こりこりして美味しいって言うからクマも
ちょっとつまんでみたけど、もう懲り懲り。

あっ、でもね、あれ、あれ、・・・、
そう、海鼠腸、海鼠の内臓を塩漬けにしたもの。
コノワタって言うんだったかしら? 
 
あれは、美味しいよネ。つまみにすると
幾らでもお酒がいただけたのネ。
ついつい飲み過ぎて、クマが虎に変身しちゃった。 

もう一つ、この時期には忘れてはいけない季語があります。
「義士討ち入りの日」。
長いですが、これで季語です。
 
元禄15年12月14日、この前テレビでは、
12月15日午前3時頃から夜明け前の5時半頃と言っていました。
 
現代の言い方ですとそうなるのでしょうが、夜明け前は
前日の日付と見做す江戸時代の方が何となくしっくりきます。

雪が深々と降り始めた中、赤穂浪士47名が
両国の吉良邸に討ち入ります。
 
用意周到の2年間。
当初300名ほどいた旧家臣団も、様々な理由で、
最終的に47名となり、殿の無念を晴らすため
とは言いながら、失敗する危険性が大きかった
この討ち入りに参加する者たちのこころ、

そして彼らの命を一身に背負った
大石内蔵助義雄(おおいし/くらのすけ/よしお)の
こころの内は計り知れません。

軍資金として集めた金も底をついていたと聞きます。
この時期を逃せば、討ち入りはあり得なかったと
思われる絶妙のタイミングに、吉良は茶会のために
本所松坂の屋敷に久しぶりにやって参ります。

夜茶会のササを飲み過ぎたせいなのでしょうか? 
それとも夜半から降り始めた雪のせいでしょうか? 

あるいは、150名と言う護衛団の多さに
安心したからでしょうか?
 
二千五百坪と言いますからサッカー場程の
敷地の広さに討ち入りなどしないと
高をくくっていたのでしょうか?
 
吉良上野介義央(きら/こうずけのすけ/よしひさ)は
その夜、ここに泊まり、ぐっすりと寝込んでいます。

夜が明ける寸前になっても、吉良の隠れている
場所を発見できない47士。
 
流石に夜が明けてしまいますと、
吉良の子の上杉家が駆け付けるでしょうし、
幕府もタイムアップを宣言しなければならない
タイミングで吉良公を見つけます。

そして、武士の本懐を遂げた47士の扱いに
苦慮した結果、幕府は彼らに永遠の命を与えます。 

この生き方、死に方を良い悪いという言葉で
言い表すのは違うと思います。
 
また、吉良公についても藩の経営に於いて
善政を取ったことを考えれば、吉良公が
浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)を
意地悪から罵倒したとも考えにくいのです。

松の廊下の一瞬が長い時間と多くの人々の生き方を
変えたことは事実としてありますが、
それに関わった人々のこころの内は
いかばかりかと手を合わすしかできません。
 

<時候を表わす色>

 いのちや 平等

  両家に香を手向くは

    義士討ち入りの日 (クマ:お粗末))

仏教においては香を手向けることは、
尊敬、敬意の念を表すことだと思います。
 
赤穂義士のみならず、吉良公を守らんと
死んでいった名もなき家臣にも、
名誉を遂げ腹を召された義士たちと
同じように香を手向けたいと存じます。

ですから、今回は、香に纏わる色をお話しましょう。
「香色(こういろ)」。
この色は、伽羅、丁子、その他色々な香木を混ぜて
煮詰めた染汁で染め上げた薄い赤味がかった黄褐色。
 
全体に柔らかい色合いですが、染の回数で
色々な色合いが出て参ります。

もっと淡くしたものを「薄香(うすこう)」。
赤味を強くしたものを「赤香(あかこう)」
などと言います。

いずれにしてもこのように染められた衣服は
煮詰めた香木の入れ方によって
ほのかな香りが漂っています。

入れる香木に丁子を多くすれば、
色合いが濃くなってきます。
これを「丁子色(ちょうじいろ)」と言います。
これは皆さん、調味料として
ご存知なのではないでしょうか? 
乾燥させた蕾で売っている所謂、クローブです。

また、香木として非常に高価な伽羅を煮て作る
「伽羅色(きゃらいろ)」は、香色と丁子色の
真ん中ほどの黄赤色ですが、
この伽羅は、沈丁花科の高木の樹脂が木に
沁み込んでできる「沈香(じんこう)」の
内でも最高の香木を言います。
 
この最高峰は、正倉院御物に目録のある
「黄熟香(おうじゅくこう)」、
所謂、「蘭奢待(らんじゃたい)」でしょう。

足利3代、信長が切り取り、明治天皇が切り取ったと
されるものですが、いったいどのような色をしていて、
どのような芳香を持っているのでしょうか?

今日はここまでお読みいただき、ありがとうございます。
クマこと高柳昌人(向龍昇人)でした。

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