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『看々臘月尽(みよみよ/ろうげつ/つく)』

おはようございます。

今日の日曜日はいかがお過ごしですか?

看々臘月尽(みよみよ/ろうげつ/つく)』という禅語があります。

 

あなたの人生の蝋燭(ろうそく)はいつまで灯っていますか?

われわれ凡人には自分の命の長さなんて知り得ないですヨネ。

 

でも、毎日毎日、短くなっているのは確かです。

誰かが俺はもういいから、君に俺の命の残りをあげるよと

言ってくれたとしても貰えるものではありません。

 

今日のお話は、「しっかりと観なさい。お前さんの命は燃え尽きようとしてるのだぞ!」。

このような話です。

 

ストレスだから、人と会うのは嫌だから。

このように言えているあなたは幸せなのではないでしょうか?

だって、あなたの命は未だ尽きていないのですから。

 

でもネ。何もしなくても、この世に生まれた以上、

時間の経過とともに命が短くなっているのは避けられない事実です。

 

アダムとイブはエデンの園に住んでいました。

そこには「時間」が存在していませんでした。

時間が存在しないとは、変化がないと言う事です。

「生老病死苦」

これらは、全て時間の流れの中に生じる変化です。

 

「物質は変化し続ける。」

だから、物質のあるところに時間は存在する。

この因果律によってわれわれの世界は成り立っているのデス。

だから、生まれる、老いる、死ぬの流れが続いているのですネ。

 

変化が生じたときが、アダムとイブに知恵が生じたときなのでしょう。

だから、時間のない世界であるエデンには、2人は住めなくなったのでしょう。

 

地球に落とされた2人は、死んでいく自分たちを残すために、

子供を産んだのです。

その子の中に自分たちの遺伝子を組み込み、

遺伝子の中で、永遠に生きることしか

自分たちを守る術はなかったのでしょう。

われわれはアダムとイブの子です。

 

「いつまで、何をくだらないことをぐだぐだと言っておるのか?

何をぐずぐずしているのか! 早く起きて動け!」

 

われわれには悠久の時間は与えられていないのですヨ。

 

このように言っているクマ自身が恥ずかしながら、

蜂蜜の味がまだ滲みこんでいる左の手を舐めて、

ヌクヌクと暖まった冬眠穴から這い出そうとしないまま、何十年。

 

お恥ずかしい。

穴があったら入りたいってまた寝る気なの?

とお叱りをいただきそうですネ。

 

能の『敦盛』の一節をお話します。

 

人間五十年

下天のうちを比べれば

夢幻の如くなり

一たび生をうけ

滅せぬもののあるべきや

 

でもね、確かになにもせずでも、人間五十年。

一所懸命過ごしても、人間五十年。

 

自分で選べばいいのですが、どうしましょうか?

因みに、この下天と言うのは、われわれ人間界の50年が一昼夜の時間換算とされる世界です。天にも27種があるそうです。

 

このように考えますとわれわれの時間はあっと言う間ですよ。

 

看々臘月尽

しっかりと観なさい。お前さんの命は燃え尽きようとしてるのだぞ!

 

最後の締めとしてはちょっときつい言葉ですが、

今日までの10回をもう一度振り返って味わっていただけますでしょうか?

 

ここまでお読みいただきありがとうございます。

クマこと高柳昌人(向龍昇人)でした。

 

 

 

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